SaaSが死ぬ条件(SaaS is Deadへの所感)

SaaSが死ぬ条件

「SaaS is Dead」という言葉が一気にバズワードとして広まっています。2026年1月31日、AnthropicがClaude Coworkのプラグインをリリースして、法務ワークフローの自動化・契約レビュー・コンプライアンスチェック等をAIエージェントが業務を丸ごと代行する姿がデモされた瞬間、ソフトウェア業界の時価総額は48時間で約2,850億ドル(約45兆円)吹き飛びました。

ちなみに、この議論の火種は2024年12月にMicrosoftのナデラCEOが「SaaSの時代は終わった」と発言したことに遡ります。ただ今回のClaude Coworkが決定的だったのは、発言ではなくプロダクトとして「SaaSが代替される姿」を見せたことですね。

で、SNS上では「SaaSは死なない」と主張する人たちが大量におられます。気持ちは分かります。自分のビジネスの根幹を否定されたら、誰だって反射的に否定したくなりますよね。ただ、ぶっちゃけポジショントークが多くて冷静な議論が少ないなと感じています。

私自身も「SaaSは死んだ!」と言い切るつもりはないですが、「死んだり死ななかったりする」派です。なので本稿では、「SaaSが死ぬ条件」について2つの論点から整理してみたいと思います。

論点1:強いAIの時代が来たら、SaaSは本当に死ぬかもしれない

現在のAIはすべて「弱いAI(Narrow AI)」です。特定のタスクを高い精度でこなしますが、自律的に判断してあらゆる業務を横断的に遂行する能力は持っていません。Claude Coworkの発表が魅力的に見えたとはいえ、今のAIエージェントはまだプラグインやAPIを介して個別のシステムにアクセスしているに過ぎないという感じです。

問題は、この「弱いAI」が「強いAI(AGI:汎用人工知能)」に進化したときです。

完全に自律的なAIが登場して、業務プロセス全体を理解し、自らシステムを構築・連携・運用できるようになったら——その時点でSaaSという概念そのものが不要になる可能性があります。UIも、ダッシュボードも、シート単価のライセンスモデルも、全部意味を失う感じですね。人間が操作する前提で設計されたソフトウェアが、根本から要らなくなるので。

とはいえ、AGIの到来時期は誰にも分かりません。明日かもしれないし、20年後かもしれない。ただ「その時が来たらSaaSは終わるかも」という前提は、頭の片隅に置いておくべきだと思っています。

論点2:現状では「死ぬSaaS」と「死なないSaaS」が分かれる

で、より現実的に重要なのはこっちです。現時点のAI技術を前提とした場合、すべてのSaaSが一様に死ぬわけではないと考えています。明確に「生き残るもの」と「死ぬもの」が分かれるんじゃないかなと。

死なないSaaS:Salesforceのようなプラットフォーム

Salesforceは死なないと思います。理由はシンプルです。

まず、すでに多くの企業で業務システムとして深く組み込まれています。SFA(営業支援)としても、CRM(顧客関係管理)としても、データ基盤としても機能していて、この複雑に入り組んだ仕組みを今のAIが簡単に再現するのは現実的に難しいです。

さらに、Salesforceのエコシステムが圧倒的なんですよね。連携できるツール群の数と質、AppExchangeのマーケットプレイス、長年にわたって蓄積されたカスタマイズやワークフロー。これらをAIエージェントが一朝一夕に代替できるかというと、まあ無理な感じです。

クソ高いのはさておきw

こうしたプラットフォーム型のSaaSは、データの正確性、アクセス制御、監査対応、法令遵守など、業務の「基盤」を担っています。AIエージェントがどれだけ賢くなっても、この基盤としての役割は当面消えないと思います。

死ぬSaaS:進化を止めた「特定タスク便利ツール」

一方、確実に死ぬSaaSもあります。それは進化しておらず、特定タスクを楽にするだけのものです。

こうしたツールの多くは、元々のコア機能に「AI対応」のラベルを貼っただけな感じです。タスクの自動化機能を追加して「AI搭載」と謳っていますが、やっていることは決まり切った業務の自動処理に過ぎません。これは今の生成AIの進化で普通に同じことができるようになっていきます。

しかも、これからの世界ではAIエージェント同士が連携して複数のタスクをつなげて処理していく流れになります。「このSaaSにログインして、この画面でこのボタンを押す」という人間の操作を前提としたワークフローは、根本的に意味を失っていく感じですね。なので、決まり切った業務を自動化するだけのSaaSは、AIエージェントに丸ごと置き換えられる運命にあると思っています。

これはAIに限った話じゃない

ちなみにこの構図、過去にも何度も見てきたものです。

たとえばデジタル広告の入札。かつてはリスティング広告の入札調整を手動で行うのが当たり前で、それを支援するツールやコンサルタントが大量にいました。でもGoogleやMetaが自動入札のアルゴリズムを進化させた結果、手動入札は急速に意味を失って、それに依存していたビジネスモデルも消えていきました。

「決まり切った作業を人間がやる必要がなくなる」というのは、AIに限らずテクノロジーの進化が常にもたらしてきたことです。なので、SaaS is Deadという議論の本質は、AIだけの問題ではなく自動化という大きな潮流の延長線上にあるんじゃないかなと思います。

判断をするのは人間

ここまでの話をまとめると、SaaSの一部は確実に死にます。ただ、だからといって「すべてをAIに任せればいい」とはなりません。

AIの結果に責任を持つのは、最終的に人間です。ここはブレないと考えています。

AIがどれだけ進化しても、「この判断は正しいのか」「このプロセスは自社のビジネスに適合しているのか」を見極めるのは人間の仕事です。AIエージェントが出した結論をそのまま鵜呑みにするんじゃなくて、仕組みを理解し、AIの限界を知り、正しく使いこなすことが求められます。

そのためにはビジネスドメインの理解はもちろんですが、自社のビジネスプロセス全体を俯瞰できる力が不可欠です。「AIはこんなものだ」という前提知識と、「自分たちのビジネスはこうだ」という深い理解。この2つを持っている人が、AIを最も有効に活用できるんだと思います。

パラダイムシフトとして受け入れる

改めて論点2に立ち返ると、結構な数のSaaSが死ぬんじゃないかなと考えています。

ただこれ、かつてパッケージソフトウェアが中心だった世界がSaaSやサブスクリプションモデルに移行した時と同じ構図だと思うんですよね。当時も「パッケージは死なない」と言い続けた人たちがいました。結果はご存知の通りです。

今、反射的に「SaaSは死なない」と叫んでいる人たちを見ると、あの頃の光景と重なる感じがします。自分のビジネスを守りたい気持ちは分かります。ポジショントーク的に否定したくなる気持ちも理解できます。ただ、パラダイムシフトに背を向けて生き残れた企業はありません。

なので、この変化はポジティブに捉えるべきだと思います。次の世代に向けた準備として、積極的に取り入れていくべきです。SaaSが死ぬかどうかの議論に時間を使うより、「死ぬSaaSと死なないSaaSの違いは何か」「自分たちはどちら側にいるのか」を見極めることの方が、はるかに価値があるんじゃないかなと思います。

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